覚めない夢

覚めない夢のリズムにただ踊らされて

息も絶え絶えにただ今日も生きている

つり革にも掴まれないような毎日で

不安定な朝の光たち汚されていく

 

終わらない歌ばかりいつも探している

今日も理解し合えないその喜びを

リュックに詰め込んだまま腐敗していく

選り好みの人生が終わるのはいつ?

 

君が僕に出会ったその意味は絶対に

命を空に投げることではなかった

もっと笑えばよかったもっと泣けばよかった

君の命のために何ができるだろう

 

 

 

 

意味

君が一人で行ったことを僕は

決して許すことは無いでしょう

いつも笑顔でいた君の姿が

今はもうこんなにも冷たい

 

僕らが交わした言葉は無意味に

響いていたのかな君の心には

あの日笑顔でいた君の姿が

今はこんなにもただ冷たい

 

ああ何が君を奪っていったの

このきらびやかな夏の日に

ああ何が君を殺していったの

僕の知らないあの闇の奥深く

 

ああ生きる意味など僕にも無いさ

それでも生きて生きて生きている

闇に誘われる夜もあるけど

生きて生きてそれが生きる意味だから

逃げ癖

私は、躁うつ病を理由にいろんなことから逃げてきた。仕方ないこともあったけど。

今回、同じ教会のおばあさんの買い物のヘルプを引き受けた。そして、先週の木曜日に初訪問した。買い物は30分もあれば終わる。何が問題だったかと言うと、私がこのおばあさんの話を聞きすぎてしまったことだった。残りの1時間30分みっちりと話を聞いた。真剣に。

 おばあさんの家から出たとたん、ぐったりと疲れた。もう行きたくないと思うほどに。原因は私の人に良く思われたいという心。私はそんな自分を今度はアダルトチルドレンにした。それを片手に買い物のボランティアを1回きりで辞めようとした。何でも何かのせいにしたら楽だ。でも成長はできない。明日は教会でラブレターを渡す!

 

 

 

 

素晴らしき日常

6年前に発売された高橋優のデビュー曲。

ラジオで流れてきて呆然となった私。

「まだ歩くことはできるかい まだやりたいことはあるか」

6年前の私は病(当時の診断名は躁うつ病)に飲み込まれ絶望していた。

そこに響いてきた26歳の青年の切羽詰まった歌声。

すぐにCDを買いに行った。今では病状を憂う気持ちは無くなったから、大丈夫なんだけど。昨夜、久々に聞いてみた。この歌にあるような世界は未だ無くならない。

彼は問題が無くなるまで、歌っていくと言っていた。

私も問題が無くなるまで、祈り行動しよう。

「きっと世界は素晴らしい」

講演「原発被ばく労働者の今」(福岡城西キリスト教会)に参加して。

今日は午後から現在私が通っている教会で「原発被ばく労働者の今」と題して講演(5回シリーズの講演の第2回)があった。福島の事故でその危険性が改めて露呈した原子力発電。私は恥ずかしながらほとんど何も知らない状態で参加しました。

今回は原発労働被ばく裁判の原告である梅田隆亮さんをお招きしての講演でした。

様々なお話を具体的にお話し下さり、衝撃を受けました。一番心に残ったのは、「原発が被ばくしてもいい人間の存在(表現は違っていますが、このような意味のこと)の存在が前提にある。」ということを安藤牧師がおっしゃったことでした。いらない人間、尊厳を無視された人間がいるという考え方の国家。そのような国で何も知らずにお気楽に電気を使ってきたこと。知らない、いや知ろうとしない姿勢をとっていた自分を恥じました。

今日が私にとっての原発入門日でした。

そして、いろいろな関心ごとのトップを占める事柄になりました。

梅田さんの裁判の応援もしたいし、原発を無くす運動にも参加したい。まだ、いただいた資料によく目を通していないので、これからじっくりと読みたいと思います。これから原発について考えるところがあったら、またブログに書きます。

 

ゆるくても支援

なんだか、なんでも自分でやらなきゃ!と思ってしまうところがありまして、ブログの第一回記事にそのことが如実に表れている。そんなんじゃあ続かない。フェアトレードにもこだわり過ぎている。沖縄時代に思う形にならなかったから、執着があるのでしょう。

これからは、頭も心も柔らかくしてとりあえずは”つながる活動”をメインにやっていきます。そうするうちに新しいヴィジョンが与えられることを期待しつつ。